ローカルキャリア研究所

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一からみんなで作り上げて行く、中小企業ならではの「面白さ」
リサーチ

NPO法人おっちラボ

村上 尚実

編集者
編集者



岐阜県関・大垣エリア
廣瀬 義晃 さん

有限会社大橋量器 製作部長・工場長








廣瀬 義晃 さんの経歴






転機18~26歳


工業高校卒業後、半導体製作の会社に就職。
モノづくりの楽しさを知る。






転機26~29歳


トヨタ系列の会社へ転職。
中小企業と大企業の働き方の違いを目の当たりにする。







30歳


モノづくりから離れ、職業訓練校に通い、WEB分野を学ぶ。






31歳~現在


大橋量器入社。現在は製作部長を務める。







一からみんなで作り上げて行く、中小企業ならではの「面白さ」



岐阜県大垣市。木枡の生産において全国の8割のシェアを占める日本一の産地である。その大垣市の枡づくり会社、大橋量器で製作部長・工場長を務めているのが廣瀬さんだ。







「モノづくり」の道へ



幼少期から図工が好きだったという廣瀬さん。工業高校時代にモノづくりの基礎を学び、卒業後は半導体をつくる中小企業に就職する。「一社目でモノづくりや働くことの楽しさを知った」と語る廣瀬さんは、目標を持って製作に臨むことが面白く、課題があればあるほどやる気になったという。早く作れば褒められ、認めてもらえることも嬉しかった。廣瀬さんのモノづくりの原風景はここにある。26歳を迎え結婚のタイミングであったこと、そして、モノづくりの「頂点」を見てみたいとの思いからトヨタ系企業に転職を決意した。




「中小企業」と「大企業」。働き方の違いを目の当たりにして



転職先では、トヨタ車に使われる部品であるエンジンマウント(「車のアキレス腱」とも言われる、エンジンと車体の連結部)を製造した。高給で条件は良かったものの、ここでの働き方を「今までで一番心身共に鍛えられた経験」だと廣瀬さんは振り返る。


例えば、トヨタの「カイゼン」や「ジャスト・イン・タイム」の管理制度。必要なものを必要な時に、必要なだけ供給し、完成度・生産性・収益など全ての点において常に無駄を排除し改善を積み重ねる。「頭を抱えるほどの改善の連続」だったそうだ。また、勤務形態は、6:30〜15:20と17:00~25:50の厳格な交代勤務制だった。家族とのすれ違いも多く、長くは働き続けられないと感じたという。



30歳の時、昇進するタイミングで廣瀬さんは再び転職を決意する。もともと人の上に立つのが嫌だということもあるが、出世した先に自分が「面白い」と思えるものが、見いだせなかった。







モノづくりの仕事を離れて考える「自分に合った働き方」



トヨタの車づくりという、ある意味モノづくりの「頂点」に携わりながらも働く面白さを感じられなかった廣瀬さんは、他の分野に目を向け職業訓練校に通い始める。そしてWEB関連の勉強をしながら、再び企業での就職を目指すことになる。


今までの経験から、中小企業で働く方が自分にとって「面白い」と感じた廣瀬さん。中小企業に絞り企業を探し始め、現職である大橋量器に出会う。大橋量器は、伝統的な枡の製造・伝承だけでなく、次の世代でも愛用される新しい枡の開発・使い方の提案・新規販路の開拓に力を注いでいる。製作だけでなく、WEBでも手伝えることがあればと考えたそうだ。







みんなで仕組みをつくり、成果を出す面白さ



廣瀬さんの現在の仕事は製造全体のフォローと、廣瀬さんしか扱えないフォークリフトを使用する仕事、そして材料や受注の管理である。時期や忙しさに応じて、ラインでの製造チームに入ったり、特注チームで特注の枡を製作したりもする。


大橋量器では、みんなで成果を出せることに面白さを感じているという。新しいルールをみんなの意見を取り入れながらつくり、その成果として社員の負担が減ったり、生産が効率的になったりすることにより、会社の利益が上がっていくことが嬉しいそうだ。


「仕組みをつくっていく上で、みんなでつくれると面白い。その方がより生産の効率が上がるのはもちろん、自分たちならではのものが出来上がる。その結果、会社が儲かり、給料があがり、社員が幸せになることを目指せる」と廣瀬さんは語る。


「社員が幸せでいること」を大切にする、社員思いである廣瀬さん。実は「人が苦手」であり、人とのコミュニケーションも苦手だと語る。しかし、だからこそ、周りへの声掛けや気配りを忘れず、社員の声を拾い、受け止めようと普段から意識して行動している。そんな廣瀬さんは社員からの信頼も厚い。


また、現場では刻一刻と変わる周囲の状況を冷静に把握し、次に自分が何をするか、どんな指示を出すかを常に全力で考えている。廣瀬さんが入社した当時、一日の枡の生産量は2,000個ほどだったが、繁忙期の現在は一日5,000個をつくっている。設備増強などはなく、廣瀬さんの引っ張りにより、職人さんの効率・素早い仕事をするという意識や技術が向上したのである。







製作部長としてのこれから



入社4年目に、それまで不在だった製作部長になってほしいと社長から声がかかる。前職では引き受けなかった管理職を引き受けた理由について、廣瀬さんは「ここでは上に立ってやってもいいと思った。いい人ばかりで、みんなのためになるなら」と語る。また、社長の「廣瀬くんじゃなきゃダメだ」という言葉にも押されたという。


廣瀬さんは今後も大橋量器で働こうと考えている。大橋量器は「自社製品がある強い会社」であり、「一からみんなでつくり上げて行く」面白さがあるからだ。廣瀬さんにとっての自分らしく働ける場所。それは自分が作り手の一員であり、仲間と共に自分たちの力で会社をより良くしていくことができる会社なのだろう。







レポーターより



モノづくりの現場を見て、人の手でモノを生み出すということは、本当に愛情だと感じた。職人さんがひとつひとつに対して愛情を注いで作っているように、私もそのものを使えていたかと考えると、そうとは言えない。本当に愛情を注げるものだけを買うなど、購買について考えるきっかけにもなった。

また、廣瀬さんがひとつひとつのことや全体を把握しながら常に全力で仕事をしていて、心身ともに洗練されていると感じた。向上心が高く、「ついていきたくなるリーダー」だと思った。

そして常に生産性や利益を重視して仕事をする姿を見て、「きちんと儲ける」ということの大切さに改めて気づかされた。一方で、生産性や利益重視の働き方は、あくまで「大橋量器で働く社員のため」なのだということもお話の節々からとても伝わってきた。







この記事を書いた人

村上 尚実 Naomi Murakami

NPO法人おっちラボ

場づくりスタッフ(島根県雲南市)

編集者

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